活動内容5月総会時の卒業生による講演会糖尿病腎症入門

 

 

糖尿病腎症入門

東邦大学大森病院腎センター教授
水 入 苑 生(昭和45年卒)

2004年に慢性腎不全により透析導入された患者は約35000人であり、透析患者総数は240000人を超えたとされている。2004年に透析導入を受けた患者の41・3%が糖尿病性腎症を原疾患としており(表1)、1998年慢性糸球体腎炎を超えて以来連続第1位の原疾患となっている。糖尿病性腎症による透析導入が増加してきた原因は食生活の欧米化による糖尿病自体の増加、血糖管理の改善による糖尿病患者の寿命の延長がある一方で有効な糖尿病性腎症の治療法が開発されていないためであろう。
今回は2型糖尿病性腎症の病期分類、発症と進展、病理組織および治療について概説する。
2型糖尿病性腎症の臨床的特徴は持続性蛋白尿、高血圧、浮腫、腎機能障害であり、糖尿病性腎症の病期分類(表2)は、第1期(腎症前期)、第2期(早期腎症期)、第3期A・B(顕性腎症期)、第4期(腎不全期)と第5期(透析療法期)の5つに分けられている。
早期腎症の診断については2005年日本腎臓学会・日本糖尿病学会糖尿病性腎症合同委員会により随時尿3回測定中2回以上尿中アルブミン値30〜299mg/gcであることという基準が出されている(表3)。
近年糖尿病性腎症の発症、進展に高糖濃度由来のadvanced glycation product (AGE), angiotensin IIによる糸球体podocyte injuryが中心的役割をしているのではないかと言うことが脚光を浴びている。
しかし、2型糖尿病では、人種差や家族内発症がみられることから、発症ないし進展に何らかの遺伝的素因が関与していると考えられる。現在、2型糖尿病性腎症の遺伝子解析として種々の候補遺伝子の検討がなされている。レニン・アンジオテンシン(RAS)系、プラスミノーゲンアクチベーターインヒビター(PAI−1)、アポ・リポ蛋白E、アルドース還元酵素、一酸化窒素合成酵素(NOS)などが候補遺伝子として検索対象となっている(表4)。しかし、本症の発症に関する遺伝子の解明については十分には進んでいない。私たちが行った2型糖尿病性腎症の検討ではACE遺伝子I/D多型のII genotypeでは腎症の発症頻度が低く腎組織内ACEmRNA発現も低かった。
糖尿病性腎症の組織像では、びまん性病変が最も多く、メサンギウム基質の増生・拡大と糸球体毛細血管壁の肥厚が認められる。結節性病変は本症に特異性の高い病変である。
先天性ネフローゼのfinish typeで糸球体基底膜構成成分のnephrin遺伝子のmutationがあることが知られている。ヒト糖尿病性腎症の糸球体上皮細胞のnephrinの発現低下が報告され、これが糖尿病性腎症の蛋白尿出現に深く関与していることが考えられている。現在ではpodocyteとnephrinが尿に蛋白が漏れないように調節しているとされている。
2型糖尿病性腎症の治療は、病期分類に従ってなされている。その基本は、血糖と血圧の厳格なコントロールと低蛋白食である(表5、6)。血圧に関しては、ACE阻害薬(ACEI)、AT1リセプター拮抗薬(ARB)の腎保護作用(尿蛋白減少効果)が知られているが、ACEIとARBの併用がさらに効果的であるとする報告も相次いでいる(表7)。種々の降圧薬を用いて血圧130/0mmHg未満のすることが推奨されている。ACEI、ARB、抗アルドステロン剤のトリプル治療がさらに有効であるとの報告もある。勿論ACEI+抗アルドステロン剤、ARB+抗アルドステロン剤の併用の有効性も報告されている。ARBはネフリンを回復させ、尿アルブミン減少、腎保護効果を示すとの報告もある。またAGE inhibitorの有効性も検討されてはいるが、aminoguanidine, OPB-9195はビタミンの捕捉作用があり、ビタミンB6欠乏を生じるため臨床的使用はできない。臨床的にはACEI、ARB、抗アルドステロン剤のすべてを駆使しても糖尿病性腎症のコントロールは困難である。まだ研究段階ではあるが、pyridoxamine, pyridoxal phosphateなど人体に無害なAGE inhibitorのビタミン誘導体の有効性に期待が持たれる。
食事療法については、第1期(腎症前期)での糖尿病食から糖尿病性腎症食への転換が重要で、患者、栄養士、ナース、医師の協力を要する。
現在は尿中podocyteのカウントやpodocyte cell lineも確立されているのでこれらを使用して糖尿病性腎症治療が進歩するのを期待したい。

 

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